8月10日、11日

8月10日

今日もいつも通り6時半に起きてモネの散歩をした。モネはここ最近アーモンド状の大きな目を以前のように私にまっすぐ向けるようになった。自殺未遂をしてからしばらくは、私の挙動を逐一伺うかのように、上目遣いで不安そうな目を私に向けていた。

 

昨夜、ポストフェミニズムに関する文献をベッドの上で読み漁っていていると、リビングにいたモネがベッドの上にやってきてクッションに体をもたせ掛け寝始めた。少し前まで必ず私のどこかに体をくっつけてきたのだが、離しても眠れるようになったようだ。

 

少なくとも「今は」「居なくならなさそうだ」と感じているのかもしれない。

 

気持ちがふさぎ込んでモネに前のように話しかけることができなくなっていたのだが、ここ数日はまた話しかけられるようになっている。モネは、話しかけている最中、私の目をまっすぐ見つめ首を傾げて懸命に何かを捉えようとしている。私が一方的に話して、モネはひたすら首を傾げてて、互いに意味は分かってないのだけど、これもとても大事な時間だったのだと気づく。

 

8月11日

今日は朝10時からフェルデンクライスメソッドの個人レッスン(F1)を予約していたので、自転車を隣の駅のほうまで走らせる。コロナが流行ってから、家族からの規制がとても厳しくなって、コロナになるからあれに行ってはダメ、これに行ってはダメ、と言われているうちに、結局私が行ってもいい場所は病院だけになってしまった。フェルデンクライスについても、感染症の心配をされ不穏な空気が流れていたのだが、先生がマスクをしているということを確認して何とか承諾を得ることができた。

 

『身体はトラウマを記録する』に書かれていたトラウマ解消の方法の一つにフェルデンクライスメソッドが言及されており、去年の夏から音声をダウンロードして少しずつやっていた。フェルデンクライスなら寝たまま、もしくは椅子に座ってできるので、体中が痛い私でも続けられ、病人にとってはとっておきのリハビリだと思う。音声を聞きつつ、体のいろんなところを痛みがでないよう小さな動きで動かしてみる。もし痛くて動かせなかったら想像するだけでも筋肉は動いているらしい。毎回終わったら、床に寝転んで体の具合を観察するのだが、背中がいつもより床にくっついて、首の後ろのカーブが緩やかになっている気がする。私はいつも寝転ぶと背中のあちらこちらが床から浮いているのだが、レッスンをすることによって、緊張して縮んでいた体がほぐれてフラットになっているのだろう。その後立った時には足が床にしっかりついて、背が高くなっている気がする。それに一時的にではあるのだが、痛みも少し緩和する。

 

個人レッスンはちょっとお金がかかるけど、自殺未遂後の不穏な流れを変えるために何かがしたかった。カウンセリングのような言葉を介した方法ではなくて、身体からアプローチすることによって何かが変わらないかと考えたのだ。

 

 

会場について先生と状態を話ししてから早速ベッドに横になった。F1では先生が体を押したり動かしたりするけど私は力を入れたり動かしたりする必要がないらしい。ただされるがまま、先生の手に体を委ね1時間の施術を受けた。

 

終わった後ベッドに座ってみるよう促される。座ると座骨がしっかり床にくっついて、胸がさっきよりずっと開いていることに気づいた。頭部が軽くなって、首から背骨を意識せずともまっすぐにして座ることができる。隣で観察していた先生は「さっきよりずっと姿勢がよくなったわね」と言った。

 

いつもオイルが切れたロボットのように体中の関節が動きにくいのだけど、立って歩いてみると、腕や股関節が滑らかに動いていることに気が付いた。それにいつも胸が苦しくて息が吸いにくいのだけど、胸が開いたことによって自然に空気が沢山体に入ってくる。背も明らかに高くなった。一回の施術でこんなに変わるとは思ってもみなかった。

 

来週のATM(集団でするレッスン)を予約してお代を払って会場を後にした。自転車のペダルをいつもより軽い力で漕ぐことができる。台風の影響でやたらと風が強く天気もどんよりしていたのだが、以前よりずっと自由に動くようになった体を吟味しながら漕いでいるうちに、自殺未遂後からずっと続いていた切羽詰まった感じがいつの間にか消えていることに気が付いた。たとえどんな状況でも体の自由を手に入れたならば絶望する必要はないような気がしてきた。

 

 

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