閉じる日々

Twitterをだいぶん前に辞めた。


自殺未遂後から頭の配線がぐちゃぐちゃしやすくなった。Twitterを開くと大量の情報が一気に入ってきてしまってとても混乱してしまう。


それに哲学対話で知り合った人のツイートを見るのもきつい。もう、四ヶ月も前のこと、きっとほとんどの人が忘れてるのに、哲学対話の問題提起のことがいまだに私の中では膿んだままでいる。


さっきたまたま今年の「哲学プラクティス」の内容をみて、またぐったりしてしまった。今年は「傷つき」や「安心安全」について話し合うとのこと。パソコンモニターの明かりが変にチカチカしてる。


やっぱり、今はとにかく一人静かに、編み物、読書、フェルデンクライスなんかに取り組んだ方がいいなと思ってモニターを閉じた。